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イアラー!

グッドバイ・ディナー

 飲食業を蔑む人間は、少数だが確かに存在する。大多数はそんなことなど考えない、職業に貴賤などないとわかっていても、私は他人の蔑みにひどく敏感になり、過剰に卑屈になってしまった。5年前からまったく成長していない。仕事の話を聞かれるのが嫌だった。拗らせすぎて、「飲食業を蔑む人っているけどどうかと思う」といった意見にすら見下されているような気になり反感を抱くようになった。腐女子を憎むゲイにも似た、一番面倒くさいタイプである。

 それでも私は6年働いた。面接で現職について語るとき、言葉に詰まることはまったくなかった。何を楽しんで仕事をしていたのか、何を得たのか、何に活かせるのか。改めて考えるまでもなかった。私はこの仕事が本当に好きだった。

 新しい仕事を探し始めてようやく、私は今の仕事を誇りたかったのだなあ、と気づいた。そして、誇れなかったのは仕事のせいではなくて、すべて私が悪かったのだな、と。

 

 飲食業は激務といわれるが実際その通りなのだが、一方で楽しみもあり、ルーティンワークの部分も多いので(身体的にはともかく、頭をあまり使わないという意味で)楽でもある。そしてやはりお客様相手の商売には喜びというか快感がある。BtoB(ペッティング・トゥ・ペッティング)よりBtoC(ペッティング・トゥ・本番)。ぬるま湯のなかで私はたらたらとふやけて日々を過ごし、転職したいなあプライベートが欲しいなあとぶつくさ言いながらも勤め続けていた。年間休日は70日もなかったし、終業時間は深夜だったけれど、それなりの給料と賄い、そして喜びと酒と愚痴の捌け口があればなんとかなって、なにより環境の変化に対する恐怖(と元来の怠惰な性格)がぬるま湯を良しとさせた。

 それでも転職活動をはじめたのは10月の頭、かねてより割り箸のようにヒビの入っていた社長と私の間の亀裂が、割り箸のようにパッカーンと割れたためだった(まったくうまくない例えだとわかっていても言わずにはいられない)。他の上司にも「お前の将来を考えるとさっさと辞めた方がいいと思う」というアドバイス(もしくは遠まわしな退職勧告)をいただいた。ぬるま湯が突如沸騰した。さすがにもう長くは続けられまい。キャリアビジョンだとか充実した私生活だとか輝かしい未来だとかなにひとつポジティブな理由がないまま、私は職を探さざるを得なくなった。

 とにもかくにもいざ転職、と思い立ってまず、「条件は今よりもいい会社。以上。」と(坂口健太郎と本田翼のアホ面を思い浮かべつつ)大手エージェント数社に登録し、それぞれに「飲食業から異業種の転職ってどんなもんなんでしょう」と問い詰めた。どんな職種が希望ですか、と言われ、前述の通りなんの希望もなかった私は戸惑い、“どうせ転職するのならば、キャリアビジョンだの輝かしい未来だのはまあどうでもいいとして、せめて充実した私生活は送りたい。具体的に言うと休みが欲しい。せめて週に二日は欲しい。一日中寝て過ごしても、さらにもう一日休みがある生活がしたい、二日中寝そうな予感もするけれどとにかく寝たい”といった旨を何重ものオブラートに包んで告げた。オブラートは溶けきることなく、半分くらいそのまま口から出ていた。エージェントも向上心のない人間に慣れているようで、未経験歓迎の求人票を何十枚も持ってきた。年間休日はどこを見ても(当たり前だが)107日以上あり、給料もそれほど下がらない。あまりに膨大な数の求人を見て戸惑っている私に、エージェントは非情にも「とりあえず30社応募してください、落ちたらそのぶんまた応募してください」と告げた。もはや夢もクソもなかった。未経験歓迎で一定の条件を満たす求人を見ては応募ボタンを押し、週末には10社ほどまとめて書類落ち通知を受け取る生活。年齢が駄目なのか、経歴が駄目なのか、顔が駄目なのか。そのすべてか。心は順調に荒んでいき、さすがに「これは正しい転職活動ではないのでは」という疑問が生まれた。

 おそらくエージェントによる転職にも向いていなかったのだろう、数打って外した挙句自分に銃弾が返ってくるような日々に限界を感じ、「私は一体何がしたいのか」という甘ったれた新卒の大学生が考えるような問題に齢28にして直面し、そしてようやく選定を覚えた。求人票を見つつ、キャリアビジョンというよりは妄想に近い(自分に都合のいい)未来を思い描きつつ数社応募し、先日ようやく内定が出た。約一カ月の転職活動も満身創痍で終わりを告げた。駄目もとで受けた会社だった。勤務時間は長く、休日もあってないようなものと言われるような仕事だが、憧れの業界であった。結局、充実した私生活とやらはやや遠のいた。

 三十路前の未経験、うまくいくかどうかは分からない、正直あまり自信もない。またすぐ飲食業界に戻るかもしれないし、まったく違う職を探すかもしれない。でもとりあえず、何がどうなろうとも、己を誇れるようにはしたい。気が付けば、卑屈が許される年齢はとうに通り過ぎていた。仕事に限らず、なるべく卑屈にならず生きていかねばならぬ。2018年は忙しい年になりそうだ。

 

 なんだこれ。転職サイトの体験談か。

 

2017年11月20日 自宅にて

プレシャス・ディナー

 高級ワインを、澱が混じらぬよう丁寧にお客様のグラスに注いでみせる。お客様はこちらを一瞥もせず当然のようにグラスを手にする。私の存在どこへやら。わああ、さすがお客様、ぐるぐるワイングラスを回してじっくりと香りを堪能していらっしゃる!絵になるわあ!美しいわあ!写真に撮って額縁に入れてそのまま額縁ごと海に投げ込みたいぐらいだわあ! 
 二十一万四千円。私の手取りを超えるお食事とワインが大企業の会社員様の腹を満たしていく。ああこのワインの瓶でお客様イコール神様のドタマをかち割って財布奪って逃走したい。シュレーダーカベルネソーヴィニヨンベクストファートカロンヴィンヤード2001年の瓶でかち割られるならワインを愛するあなたには本望でしょう?金色もしくは黒色そしてプラチナ色に輝くカードなんてもう見たくないのだけれど、もちろん自分が持つなら話は別よ。世界でいちばん甘美な妄想にこっそりぼんやりと浸りながら、お客様のお皿を覗いてみる。まだまだ残っております、なぜならお客様はワインの世界に浸っているから。お客様が前菜をお召し上がり終わるまで何をしましょうかしらの巻。 
 類語辞典とか読みたい。小難しい言葉を探して悦に入りたい。少年ジャンプとかコロコロコミックでもかまわない、単純な漫画に心を躍らせたい。携帯いじって2ちゃんねるとか見ていたい。オナニーしたい今日なんかむらむらするし。しかし私は仕事中なのだ。本は読めないし携帯も開けないし、もちろんちんこも出せない。よって妥協、結局いつも通り、LAMYの万年筆とメモ帳を取り出す。小説を読んでいて見つけた小難しい言葉だとか、類語辞典で見つけた響きの美しい言葉だとか、ふと思いついた表現だとか、そういうもので埋まっているメモ帳を見て少しほっとする。最近のマイブーム・ワードは吝嗇。りんしょく。うむ、いい響きである。ケチではないのだ、吝嗇家なのだ。意味が同じであろうと、美しい響きを得れば美しい言葉になるのだ。毎日ちびちびと安酒を飲んでいる私をケチと呼ばないでください、私はりんしょくかなのです。もっと言うとただの安月給なのです。 
 お客様がようやく前菜を食べ終わりそうなので、インカムで「キッチンさん、六卓のスープをスタートでお願いします」と注文。そうしてスープが届くまでまた文字の世界。逃げるのだ現実から。仕事中に現実逃避とは、仕事とはいったいなんぞや。 
 仕事について考えてしまえば終わりはない。考えては駄目な事柄ナンバーワン。考えるのは哲学にでも勤しもうと思ったときでよい。「わざわざ大学まで出て飲食業なの」くらいなら言われ慣れすぎてまだよかった。「つまるところ水商売でしょ」とはまあ、辞書で調べると、水商売【みずしょうばい】料理屋・待合・酒場・バーなど、客に遊興させるのを目的とし、客の人気によって収入が動く、盛衰の激しい商売、となっているため間違いではあるまいと思うことにした。しかしまあ、「飲食業なんて賎業じゃん」とまで言い出した神様がいらっしゃって、もうくやしくてくやしくてその日は酒を片手にワンルームで罵詈雑言を叫びまくって、なんとか憂さ晴らしをしたのはいいのだけれども結局その言葉は心に根付いてしまったわけで、それからはもう駄目になってしまったのだ。その言葉を抱えながらこの仕事を続けていくには、とてつもなく強靭な意思が必要なのだ、そんなものは私にありません。「自分で選んだ」なんて素敵な枕詞などなんの役に立つ。「自分で選んだ賎業だから後悔はありません!」ってか!お笑い種だわ! 
 だから書かねばならぬのだ。プロを目指すわけでなくとも、言葉を頭のなかでこねくりこねくりまわして、なにか文章を書かねばならぬのだ。そうすれば張りぼての優越感に浸ることができるのだ。 
 私は文章を書く、糞みたいな文章だけどそれでもとにかく自分で世界を作り上げることができる、だから高級ワインなんて呑まなくても幸福なのだ、金がなくとも幸福なのだ、万能であるが故に幸福なのだ、と自分に言い聞かせなければならないのだ。ならないのだよワトソン君。他人から言わせればそれがとてつもなくつまらなくて読みにくくて洗練されていないものであっても、自らの優越感を満たすためならば全然かまわないのだ。かまわないのだよワトソン君! 
 キッチンからバイトがスープを持ってくるのが見えたところで、ノートを閉じる。 
「失礼いたします、お皿をお下げいたします」 
 今度はお客様は私の存在を認識したみたいで、ちゃんと一瞥してくださり(一瞥ってこんなに価値のあるものだったかしら)、「ありがとさん」と一言。ああ、それだけで私はほだされてしまう。まさしく神の言葉。この人は大企業の会社員様でお客様で神様でいまいちいけすかないけど、でも決して悪い人じゃなくてきっとこの人なりにいろんな悩み事とか希望とかあるんだろうから、ワインの瓶でドタマをかち割っちゃいけないなあ。分かっちゃいるけれど、でもいつか、それでも鬱憤が溜まって決して悪い人でない誰かのドタマをかち割ってしまうかもしれないから、やっぱり文章は書かねばならぬのだよなあ、と思うのであった。 


2012年9月24日 職場にて

熱湯サマー

 また今年もいつのまにか夏がおわった。人生で何十回しかないうちの一回があっさり終わった。あっさりとは言ってもなにもしてないわけではもちろんなくて(ひとはなにもしなかったら死ぬから)、仕事はちゃんとしてたし、家ではひとりで飲んでたし(酒を)、資格の勉強もしたし(酒の)、外でもひとりで飲んでた(酒を)。でもやっぱりいつのまにか終わっていた。今年の夏は恋人が東京におらず、たいていひとりですごしていたせいもあって、夏らしいことは何もしていない、あえて言うならば赤い公園のライブに行ったくらい。ライブはものすごくよかった。年下のアーティストのライブで熱狂できるだけの熱量が私の中にあったの(を気づけたの)もよかった。あと3年ぶりくらいにリアルしたくらいか。「Twitterでは友達ができるよ!」と聞いて始めたのだが、7年つぶやきつづけてリアル自体3回くらいしかしていない。どこで間違えたのか。mixi時代からやりなおさないといけない。

 あと、新しい習慣がひとつだけできた。銭湯通いである。週に2~3度、近所の銭湯へ行っている。家でも湯船には浸かれるが、広い風呂の開放感は何物にも代えがたい。ときどき自転車でスーパー銭湯には行っていたのだけれど、そもそも風呂って自転車を走らせてまで行くものなのか、という疑問が芽生え、グーグル先生に聞いて評判のよい近所の銭湯へ行ったところこれがめっぽうよかった。安いし。熱めの風呂とふつうの風呂とぬるめのミルク風呂、そして水風呂という4つの湯船(水風呂も湯船っていうのか?)があり、茹で加減をじぶんで選べる。それまで水風呂には長時間入れなかったのだが、この銭湯の水風呂は冷たすぎず程よく、肩まで浸かるのが苦ではないのがよかった。熱い風呂のち水風呂によるリセットを挟むと、延々と、というより誤用ではなく永遠と入れる気がする。熱い風呂に限界まで浸かったのち水風呂に入ると、体の外側に膜ができたような感覚になり、頭がくらくらしてきもちいい。一回この水風呂に浸かると10分くらいそのままぼんやりとできそうなのだけれど、さすがに体によくなさそうなので、ほどほどで切り上げてまた熱い風呂に浸かる。その往復を10回くらいしている。銭湯にいるじいさんはなんですぐ水風呂に入るのかなあ、とむかしから思っていたのだけれど、いまはよくわかる。熱い風呂に入ると水風呂に入りたくなるし、水風呂を最後に風呂を出ると体が冷えそうなのでもう一度熱い風呂に入らなければ、となるので、いつもトリップ状態で往復を繰り返し、やめどきがわからなくなる。クスリとかギャンブルとかはじめたら絶対に抜けだせないタイプ。

 高校生くらいの自分に、「おまえは30歳近くなっても特に何も為さず銭湯で熱い風呂と水風呂をジジイのようにただ往復しているよ。ブログのネタになるようなことすらも一つもなくて、銭湯通い以外に何の変化もない夏を過ごしたよ」と言ったら、死にたくなるほどの絶望に陥ることはないだろうけど、人生を諦めるほどではないけれど、まあものすごくショックだろうな、と思う。去年の自分に伝えても、さすがに己を知っているのでものすごくショックではないだろうけど、自己嫌悪には陥るだろう。でも、熱い風呂と水風呂を往復する以外には目新しいことのなかった夏だけれど、実際終えてみるとそんなに後悔はない、というか悪くなかった。ただぼんやりと生きているだけなのに(だけだからか)なぜか世界はどんどんと縮んでいって、そんななかで新しい習慣がひとつでもできただけで良かった、と思えるくらいには大人になった(老けた)。来年は20代最後だから充実するといいなあと考えながら、たぶんそんなに変わらないだろうなあと諦めてもいる。でもまたひとつくらい新しい習慣ができたらいい。深みがないのならば、浅くともせめて広くありたい。とっぴんぱらりのぷう。

 

2017年9月1日 自宅にて サントリー -196℃秋梨を飲みながら

贅肉を捨てよ、町へ出よう(実践編あるいは完結編)

 私は食べるのが好きだ。

 食はいつでも幸福をくれる。100円のあんぱんでも、10,000円の天ぷらでもいい。貧乏舌なので、10,000円の天ぷらにあんぱん100個分の価値があるかと問われると難しいのだが、だからといってあんぱんを100個食いたいという話ではなくて、安きにも高きにもそれぞれ違った幸福がある。今日はなにをたべようかな、とぼんやり考えている時間にも希望がある。たとえどんなにつらいことがあろうとも、私は食によって救われるだろうな、と思う。

 

 私は酒を飲むのが好きだ。

 酒はいつでも不幸を忘れさせる。100円の西友オリジナルブランド・「皆様のお墨付き」チューハイ(この「皆様」とやらは本当に世界に存在しているのか、といつも疑問に思うが、定期的に購入している以上私もお墨を付けている皆様のうちの一人なのだろう)でも、純米大吟醸でもいい。ちょっとお高い純米大吟醸(4合瓶)に西友オリジナルブランド「皆様のお墨付き」チューハイ30本分の価値があるかと問われればそれもまた難しいのだが、うまい酒を飲むとさらに不幸が浄化されるような気がする。あくまで気がするだけで、翌日になればぶり返すのだけれど、ふたたび飲めばまた忘れられる。悪循環であろうが、循環できることに意味がある。たとえどんなにつらいことに直面しても、私は酒に溺れて逃避できるだろうな、と思う。溺死するかもしれないが。

 

 そして私はラーメンが好きだ。

 どうしてラーメンが好きだ、と大声で叫ぶことは恥ずかしいのだろう。私も若い頃は、「ラーメンねえ、ときどき食べるとおいしいよね、そんなに毎日食うもんじゃないけど」と斜め上からラーメンの評価を下していたが、あのころの私はどうしてラーメンが好きだと認められなかったのだろう。ラーメンは下賤な愚民が食う食物というイメージがあったのか、自らを下賤な愚民と認めたくなかったのか。意識の高い、スリムスーツに身を包んだ若社長なんかがラーメンを食うイメージが沸かないからか。とにかく、私はラーメンが好きだと認めるまでに28年かかった。長い道のりだったが、愛は遠回りしたほうが燃え上がるものだ、と思う。

 

 ジムを契約したのちに私はまず、「ダイエット 食事制限」とGoogle検索した。最初の二カ月こそ2,980円で通えるとはいえ、三か月目以降は7,980円である。あんぱんが79個買える。200円の高級あんぱんなら39個。ワーキングプアで安月給の私にはかなり厳しい、やるからには本気でやらなければならない、と少々気負いすぎていた。週に三回通えば月に十二回、そうすれば一回665円でジムに通える計算になるからお得だ、筋肉をつけたいわけではない、有酸素運動だけできればいい。それでも食事制限をしないわけにはいかない、深夜の酒も控えなければならない、炭水化物は控えなければならない、と。しかし予測変換のトップには「ダイエット 食事制限なし」と先人たちの意思の弱さが現れ、私の強靭な意思をもやすやすと砕いた。「食事制限なしでらくらくダイエット!」「無理をせず続くダイエット!」といったような記事を読みながら、そりゃ食わないよりは食えるほうがええわな、とあっさりと方向転換をした。正直なところ食事制限は続かないという思いもあった。無理をせず、週に三回も運動してりゃそのうち痩せるだろうと楽観視することに決めた。

 しかし、それすら私には厳しかった。ジムに行く時間となると仕事前もしくは仕事後となるが、仕事前にジムへ行くため早く起きる強さは私にはなく、おのずと仕事後となる。ご立派な企業に勤めている方々には仕事後のジムも充実した生活の一環として当たり前にこなせるかもしれないが、私はワーキングプアなのだ。労働のちジムへ週三日、を二週間やったところで根を上げた。方向転換せざるをえなかった。そこで、一回665円で通うためにジムに契約したわけではなく、行きたいと思ったときにジムへ行くために契約したのだ、その安心のための7,980円なのである、と思い込むことにした。保険みたいなものだ。そう考えると1日266円で入れる保険となり、むしろお得に感じられる(が保険としては高い)し、通えなくても罪悪感がない。他人が発する屁理屈は嫌いだが、自分を納得させる屁理屈は好きだ。週に二回ないし一回、下手すると二週に一回ペースになることもあったが、もはや気にならなくなった。

 そして食事である。何度でも言うが私はワーキングプアのため、仕事が終わるのは23時前後、飯を食うのもその前後となるわけだが、仕事のち食事そしてジムとなると食べた直後の運動となり、横っ腹が痛くなるわ吐き気がするわで碌に走れなかったため、おのずと仕事のちジムそして食事となった。一時間運動したとしても帰宅は深夜1時近いため、結果寝る前に飯を食うこととなるので、さすがに「食事制限なしダイエットで無理をせず理想の体型をゲット!」と決めた私でも野放図に食うわけにはいかないと自制心が働く。殊勝にもサラダチキン(ファミマ派)と野菜そしてビールだけで済ましてみたが、やはり味気なかった。決してまずくはないのだが、仕事と運動という鞭を打った身に対してはあまりにさみしい。甘い甘い、やさしさが染み渡る飴があってこそ、人は鞭に耐えられるのだ。マラソン大会でハッカ飴を配る学校はない、そこは黄金糖と相場が決まっている。炭水化物を解禁したのは不可抗力だった。サラダチキンと野菜そしてビールに白米を足すと満足感がずいぶん増した。いいんだ、「食事制限なしダイエットで無理をせず理想の体型をゲット!」の記事でも、無理が一番続かないって書いてあったし。夕食を食っていないのだからカロリーが大幅にオーバーするわけでもあるまいさ。どうして言い訳はすらすらと出てくるのだろう。堕ちるのはなんて簡単なんだろう。一度食べてしまえば、もう炭水化物を抜くことはできなかった。一時間走った日には白米を食らいビールを飲み食後すぐ寝るというルーティンがあっという間に完成された。罪悪感は酒を追加で飲んで忘れた。運動後の飯のうまさを知った私は、それでもさらに貪欲に、もっとおいしい飯を求めた(サラダチキンに飽きただけともいえる)。箍が外れたのはあっという間だった。外れるべくして外れたと言ってもいい。箍が外れない桶なんてない。私は近所に深夜3時まで営業しているラーメン屋があるのを知っていたし、深夜5時まで営業しているタイ料理屋があるのを知っていたし、チェーンのかつ丼屋やすた丼屋、中華料理屋があるのを知っていた、どうして見て見ないふりをできようか。家に帰ってどうせ白米を食いビールを飲むのなら、別に外でラーメンあるいはかつ丼またはすた丼もしくはカオマンガイをビールとともに流し込んでも一緒ではないか。寝る前だからとかそんなのはどうでもいい。私は運動をしたのだから、好きなものを食べ好きなものを飲む。開き直ってしまえば楽だった。特にジムのすぐそばにあるラーメン屋の濃厚煮干しラーメンはとても美味く、時々ビールさらに煮干し卵かけごはんまで追加で注文した。本当にそれでいいのか、ともう一人の私が問う。それでいいのか。それじゃ駄目なのか。そもそも私はなぜ痩せようとしているのか。今更モテたいのか、今更見てくれを良くしたいのか、今更健康に気を使っているのか。違わないけれど、違う。食いたいものを食いたいだけなのだ。食いたいものを食うことでブクブク太り、世間の目が、周囲の目が変質し、不健康だと誹りを受けるのが怖いだけだ。これ以上、これ以上太らなければいいだけなんだ。食いたいものを食う為だったら、私はきっと走り続けることができる。

 

 ジムへ通い始めて五カ月が経つが、私の体重は不変のままだ。走った分だけ飲み食いするのだから当たり前である。しかしそこには平穏がある。出っ張った腹は成長することはなく、だからといってもちろん凹むこともなく(体内では急激なカロリー消費に次いでカロリー摂取とアルコールが一緒にやってくるわけだから寿命は縮んでいそうだがとりあえず外面は)凪いでいる。

 人はなんのために生きるのだろう。それはもちろん幸福を追求するためだ。ボランティア活動に生涯をささげている人だって、奉仕を不幸だなんて思っていたらやってられない。スリムスーツに身を包んだ若社長だって金を稼ぐことで幸福を得ようとしている。みんなそうだ。彼ないし彼女が幸福を追求した結果なのだ。私は食べるのが好きだ。私は酒が好きだ。私はラーメンが好きだ! 私のとっての幸福とは、私の人生とは“食”だった、ひいては濃厚煮干しラーメンだった。私は濃厚煮干しラーメンを食うために生まれたと言ってもいい。後悔はない。幸福を追い求めるために、私は今日もランニングマシーンの上を、そして人生の行路を走りつづける。

 

 

2017年7月1日 自宅にて

煮干し中華そば 麺屋 銀星 高円寺

食べログ煮干し中華そば 麺屋 銀星 高円寺

贅肉を捨てよ、町へ出よう(契約編)

 本当に私はジムに通う人間を嫌悪していたのだ。
「筋肉のためにジムなんて気持ち悪い」と思っていた。健康のために通う人が大多数であろうことは無視し、ただ悪意だけをもって見つめていた。
 はじめは、ただ自らが為しえないことに対する羨望からくる嫉妬だったのかもしれない。それでも何年も煮詰めればもはや嫉妬も羨望もクソもなくなって、ただのヘドロみたいな嫌悪だけが残っていたのだ。

 友人からは会うたびに「お前その腹やばいよ」と言われ続けていた。あまりにも言われすぎたため、「お前のその顔のデカさもやばいよ」と切って返すことで(友情ポイントをすり減らしながら)対抗していた。友人も友人で「いや俺は本当に心配して言っているんだよ」とわざとらしく返してくるので、「俺もてめえの顔のでかさを本当に心配してるんだよ」と無理やりマウントを取りにいくことで現実から目を逸らしていた(私の根性はくさっている)。
 ときどき腹肉をつまみながらも、いつか勝手になくなるだろうとたかをくくっていたのだ。

 しかしとうとう現実が私を捕らえた。母親・同僚・恋人から「腹がやばい」と言われたのである。
 ただの近しい三方から、という話ではない。子供には基本甘く褒める主義の母親と、当たり障りのない会話しかしない同僚と、私の見た目についてほとんど何も語らない恋人からの言葉である。
 いつのまにか私の贅肉は、母のわが子に対する愛を越え、同僚のオブラートを突き破り、恋人に学術的興味を持たせるほどの威力を持っていた。安穏と過ごしていた私の世界を贅肉が破壊しはじめたのだ。
 世界を守るために、私は贅肉と戦うしかなかった。

 どうやら本当に私の腹肉はやばいらしい、もうジムに通うしかない、と友人に告げたとき、「だから言ったじゃん」と彼はケタケタ笑いながら答えた。十年来の付き合いでもほとんど見たことのない喜色満面なツラにまた悪態をつきたくなったが、ぐっと飲み込み素直に白旗を挙げざるを得なかった。私はジムを忌避するあまりジム関連の知識が皆無だったので、教えを乞うしかなかったのだ。事実上の敗北である。
「エニタイムフィットネスがいいよ。まず24時間空いてるからお前みたいな仕事でも帰りに寄れるし、従業員もいない時間が多いから人とまったく関わらないでトレーニングできるし、あとシャワーも浴びれるからジム寄った後帰ってすぐに寝れるし。それに全店舗利用できるから、単純にシャワー浴びたいときにも便利だよね。何回でも好きな時間に通えるから他のジムより絶対得だよ」
 彼は自分の通うジムの利点をすらすらと挙げてみせた。進研ゼミの漫画かアムウェイの勧誘か、はたまた新興宗教かと勘違いするほどであったが、しかし私は弱っていたのでうんうんとうなずきながら聞いていた。おそらく教祖様からのご説法を聞く信者のように、目はきらきらと輝いていたであろう。しかし私にはお布施するための金がなかった。5000円の入会金と7000円の月謝が唯一の抜け道だった。「懐に余裕ができてからにしよう」とその日は結論づけ、洗脳から逃れた。

 神はそれでも、愚かな私を見捨てはしなかった。
 “入会金無料キャンペーン!今なら一カ月分月額が2980円!”というエニタイムフィットネスのチラシを見つけたのは、翌々日のことである。
 これを運命と言わずして何と言うのか。神が私の腹肉を憂いている。神が私にジムへ通えと告げている!

 幸い私は自立しているので、両親に「エニタイムフィットネスに通いたいんだ!エニタイムフィットネスならお得だしぼくも贅肉を落とせるんだ!」と相談する必要がないし、「あらあら、エニタイムフィットネスなら家計に負担も少ないわ……本当にエニタイムフィットネスなら続けられるの?」という質問が帰ってくる心配もなかった。私の決意だけがあればよかった。
 もはや嫌悪は消え失せていた。私の悪意で満ちていたパンドラの箱には、ジムにさえ通えば贅肉から解放される、という希望だけが残っていた。
 そして契約を済ませた瞬間、私はもう贅肉から解放されたつもりでいた。その先に必要な努力のことなんて、考えもしなかったのだ。

 余談だが、私は高校時代進研ゼミに挫折している。

 

2017.1.28 自宅にて

第一三共ヘルスケア 「トラフルダイレクト」 利用者のレビュー ★★★★★(5.0/5 27歳男性)

 もうすべてがつらいんです、と彼女は言った。

 

 三大欲とは性欲・食欲・睡眠欲と言われる。生存本能から生まれる三つの欲。それを満たすことで快感が生まれる。種の存続のために必要な快楽である。動物を形成する欲であり、動物の根本とも言えるだろう。

 口内炎は、食欲を阻害する、ひいては種の存続を阻害する疾病として、もっと問題視されるべきなのだ。口内炎になりにくい人間はたかがという枕詞で口内炎を表現し、口内炎に苦しむ私を嘲笑し、侮蔑し、ゴミを見るような目で見下してくるものだが(口内炎など関係なく私をゴミ扱いしているだけかもしれないが)、原始的欲求を阻害する疾病に苦しむ人間に対してその態度はないだろう。不眠症に悩む人間を笑えるか、EDに悩む人間を笑えるか。いや笑えるかもしれないが。

 それでもただの口内炎ならまだましだ、と今の私は思う。ただの口内炎はあくまでハードルみたいなもので、いたいけどおいしい、いたいけどおいしい、というように、食の喜びという圧倒的なゴールの前には霞む存在でしかない、と。舌裏の口内炎という苦しみを体験したあとでは。

 

 はじめは小さな違和感でしかなかった。コーヒーを口にしたときに、ちくりと痛みを伴ったのだ。また口内炎か、いや口内炎にしては痛みの位置がおかしい、と思いつつも、大して気にとめなかった。夕飯を食べている時にも少し痛みを伴ったので、口に神経を集中させ根源を探ってみたところ、どうやら舌の裏から来ているらしい、という結論に至った。鏡で見たところ、確かに舌裏の左側に白い小さな傷のようなものが見えたが、それでも私は口内炎であると信じなかった。口内炎の原因はさまざまであると言われてはいるが、私はどうしても“食物を咀嚼するときにうっかり一緒に唇の裏を噛みちぎる”以外の原因はぴんとこない。口内炎は傷というイメージが抜けないのだ。栄養不足で突然腕から出血したりするだろうか、いやするかもしれんがいまいち釈然としないだろう。だから、唇の裏以外に口内炎ができるなんて思いもしなかったのだ。まあほっとけば治る、と気楽に考えていた。

 しかし翌日には違和感がすでに確かな異変へと変化していた。口を開けた瞬間に、ざくりと口内を刺されたかのような痛みが走り、いたい、と声を出した瞬間に更なる激痛が駆け巡った。何が起きているのか理解できず、とりあえず口の中を潤そうと水を飲むと今度は痛みが口中に広がった。痛みが水に溶け、口の中を支配したような感覚。怒涛のごとく襲いかかる痛みの波に我を失いかけた。

 混乱した頭でとりあえず「口内炎 舌の裏 激痛」とグーグル検索していた。“もしかして舌癌かも!?”や“口内炎になる原因とは!?”なんていう記事はどうでもよくて、ただ“舌裏の口内炎は激痛!”という情報だけを求め、同じく苦しんでいる人々の言葉を読み、そしてようやく認めた、なぜか舌裏に口内炎ができ私を苦しめていると。口を閉じるといくらか落ち着くのだが、舌を動かすだけで痛みが襲いかかってくるので呼吸すらままならない。おのずと鼻呼吸に頼らざるを得なくなる。よく口呼吸により歯並びが悪くなるという話を聞くが、舌裏に口内炎を作るだけで解決である。動物が躾で鞭に打たれるように、口で呼吸するたびに罰を受けるのだ、あっというまに歯並びのいい鼻呼吸人間のできあがり。とっぴんぱらりのぷう。これが地獄か、いや地獄のほうがまだましだ、閻魔様が舌を抜いてくれればこの苦痛から逃れられるのだから、と私は思った。これ以上の苦痛はあるまい、と。

 しかし私はまだ甘かった。痛みがあっても腹は減る、腹が減ったらなんとやら、ととりあえず心を落ち着かせ昼飯を食べることにした。いまだかつてない痛みに思考能力が鈍っていたのだろう。少し考えれば分かることだった、口を開け空気を吸うだけで鈍い痛みを伴うのだ、いわんや異物が口に入った時をや!ぱくりと一口飯を口に放りこんだ瞬間、苦痛バロメーターの天井がゆうゆうとぶち壊れた。食物を口にすると激痛がおとずれ、口内に残った食べかすが鈍痛を生む。痛みの二重奏。それでも食欲が収まるわけではなく、なるべく舌の左側に当たらぬよう右奥歯で咀嚼するのだが、歯を動かすだけで自ずと舌の裏が擦れ、努力の甲斐なく激痛が襲いかかるのだ。痛覚が味覚を圧倒的に上回り、食物ではなく自分の舌を噛み砕いているようだった。

 食事が苦痛以外の何物でもない行為に変わり、おかげで夕飯はゼリー飲料のみとなった。そして私がいかに食に救われていたかを知った。睡眠欲や性欲に比べて食欲は手軽に満たすことができ、また質を高めるのもたやすい。なによりも幸福が即物的かつ持続する。食こそが私の生きる理由であった、と私は味気ないゼリーを飲みつつ思った。そして私は今、食こそが苦痛だ、つまり生きる理由をなくしている、と。

 

 翌日は朝からの出勤であった。激痛により睡眠がままならず、睡眠不足と痛みにより出勤前から疲れ切っていた。舌裏の口内炎は私の痛覚を休ませることなく、電車の揺れに合わせてずきんずきんと痛み、いらっしゃいませと言うたびまた痛み、一歩歩けばまた痛んだ。笑顔は歪み心は荒み、人格すら口内炎に支配されつつあった。

 ふだんなら仕事の唯一の楽しみである賄いすら、そのときの私にとっては苦痛でしかなかった。ふだん怒涛の勢いで飯を食らう私が、泣きそうな面持ちでとろとろと咀嚼している姿が奇怪に映ったのであろう。一緒に賄いを食べていた同僚が、どうしたんですか、と声をかけてきた。口内炎が痛いんです、ベロの裏に口内炎ができたんです、マジで半端ないんです、と呂律の回らぬ舌でたどたどしく説明すると、彼女はケタケタと笑った。

 「私も口内炎よくできますけどそんなんはマジないっすわー、ありえないっすわー、薬とかちゃんと使ってますか」

 口内炎ができにくい人間が慢性口内炎人間を見下すように、慢性口内炎人間内にもカーストがあるのだ、私は慢性口内炎人間カースト内でも下位へと落ちたのだ。目の前で大口を開けながら嘲う女にほのかな殺意を抱きつつ、答えた。

 「薬は一応塗ってるけど、逆に痛くなるんですよ、塗りにくいし」

 そうなのだ。「口内炎あるある!薬が塗りにくい!」と言えば、口内炎経験者はたいていうなずいてくれるだろう。口内炎の塗り薬は異常に粘度が高く、クリームというよりは泥に近い。それを患部に塗るのだが、指に薬がはりつき離れず、やむをえず患部に押し付け指を上下させることになる。もちろん患部を刺激するので痛みを伴う。さらにそんなふうに塗るものだからきちんと貼りつかず、唾液により患部からずれ痛みが増幅する。そうでなくても口内に泥に似たぬるぬるとした異物があると気になって仕方がない。唇の裏ですらそうだったのが、舌の裏となるとさらに大変で、患部の位置を特定するために鏡の前で両手で大口を開けて舌を上に向け、震える指でそろそろと塗らなければならず、そのアホ面を鏡で見ることもまた苦痛だった。さらに結局しっかりとは見えていないものだから患部にジャストヒットせず、結果的にアホ面で自ら口内炎を痛めつけただけの結果に終わったのだ。

 「塗るやつだからいけないんすよー。貼り薬いいですよ貼り薬、あんま気にならないしお勧めです、ちょっと待ってください調べます、えっと……これこれ」

 そう言って彼女がスマホの画面をこちらに見せた。そこで紹介されていたのが第一三共ヘルスケアの”トラフルダイレクト”であった。

 私はそのときまで貼り薬を忌避していた。「塗る」と「貼る」では似て非なる。どうしても絆創膏のようなイメージが抜けず、フィルムが口の中で溶けるというそのケミカルな響きがおそろしかった。化学物質はどうしても不健康なイメージがある。私は元来文系かつ頭が悪いので、具体的にどのような物質がどのように悪い、ということを何一つ調べたわけではないのだが、生理的な忌避というのは本能に訴えかけるぶん何よりも強い。しかしもはやそんなことを言っている場合ではなかった。食への渇望の前には、私の生理的嫌悪感やプライドなどクソ以下だ。小汚い親父に札束を差し出された女子高生みたいなものだ、圧倒的な餌の前ではひざまずくし股を開くし靴だって舐める。私は普段の三倍以上時間をかけて食事を終えたのち、すぐ薬局へ走った。

 トラフルダイレクトの見た目は絆創膏によく似ていたが、予想していたよりも大きくそして堅く、やはり口内に貼るのは抵抗があった。しかしつべこべ言っている場合ではない。鏡の前でアホ面を晒し、指先にその肌色の丸いシールを置き、そろそろと患部へ指を伸ばした。患部へシールを乗せたときまず私におとずれたのは、とても貼りやすい、という喜びだった。指からすっと離れるため苦労しないし、またシールの面積が広いため、多少のずれがあっても患部をカバーするのだ。おずおずと舌を動かしてみた。口内にシールが貼られている違和感は確かにあるが、思ったほど悪くはない。少なくとも泥に似た物質が口内にへばりついている不快感に比べれば。そして何より痛みが治まった。ちりちりとした痛みは残っているが、あの口を開けるたびに襲いかかってきた身を切るような激痛に比べればなんということはない。

 そして何よりも、食の快楽が私に帰ってきた。その日の夕飯はなんの変哲もない揚げ物だったが、痛みを伴わずに咀嚼ができるということは、いかに幸福なことであるか。味覚とはこんなに全身へ行き渡るものだったか。私はいま生きている、と実感することなどしばらくなかった。あまりの歓びに涙が出そうになった。

 

―――死にたいほどつらいことがあったら、舌裏に口内炎を作りなさい。二日も経てば、あなたは絶望にさらなる底があったことを知るでしょう。そしてトラフルダイレクトを貼って食事をしなさい。あなたにふつふつと、生きる希望が沸くでしょう。

 

 トラフルダイレクトは一日二回の用量と決められており、また十五分もすれば溶けてしまうため、一回で得られるのはあまりに短い静寂だ。しかしフィルムが溶けていくとともに痛みが帰ってくるとはいえ、貼る前よりも確かに落ち着いていることが実感でき、快方へ向かっているという安心感が得られるのだ。

 翌日の朝にはずいぶん楽になり、死の淵から蘇ったような心持ちで目覚めた。私はトラフルダイレクトと、トラフルダイレクトを教えてくれた彼女へ心の底から感謝せずにはいられず、近所の洋菓子屋で焼き菓子をいくつか適当にみつくろい、もう本当にありがとうございましたという礼とともに渡した。

 彼女は、なにもそこまでせんでもいいですよ、とまたケタケタと笑ったのだった。

 

 その彼女が、もうすべてがつらいんです、なんで私ばっかり、もうあのひとがいやだしあの上司がいやだし、とにかくぜんぶいやなんです、と言ったのは、つい先日のことである。私が舌裏の口内炎に苦しんでから、すでに半年以上経っていた。三日以内に二週間の休暇をください、無理ならばただちに辞職させてください、と彼女は泣きながら訴えた。

 本当は肩を叩いて「その気持ちすっごいわかるもうマジで心の底からわかる俺も辞めたい!」と言いたかったし、膝を崩しながら「この人員不足に陥る時期に唐突にそんなこと言わないでくれよどうしてもっと早く言わないんだよ」と泣き出したかったし、髪をかきむしりながら「なんで私ばっかりじゃねえよそれは俺のセリフだよ」と半狂乱になりたかった。けれど、私は茫然としつつ、わかった、という言葉以外吐くことができなかった。これを上司に伝えれば、迷うまでもなくただちに辞職させる流れになるだろう。来月からのシフトがえらいことになるな、と暗い気分に陥りながら私が考えたのは、トラフルダイレクトのことだった。

 よくくだらないことをともに話していたにも関わらず、彼女がそこまで思いつめていたことに気付かなかった私にも責任はあるだろうし、彼女と同じくらい私も仕事に苦痛を感じているであろうから同情はする、けれどもちょうど人員不足に陥る時期を見計らわれたという怒りと、あまりに唐突で叶うはずがないとわかっているであろう要望を提示されたことに対する苛立ちを禁じえず、相反する感情に揺れ動き混沌として、そこに結論を見出せそうになかった。

 だから、この子はトラフルダイレクトのことを教えてくれた、と思うことにしたのだ。私にとって舌裏の口内炎は、近年まれに見る生きる希望を失くしかねないほどの苦痛であり、彼女が苦痛から私を救った、だから私は彼女を許さねば、と。

 

 彼女が去って三週間が経ち、仕事の負担は予想通り増え、心は荒み身体はきしみ、そして唇の裏には口内炎が二つできた。すでに常備薬となったトラフルダイレクトを患部に貼るとき、否応なしに彼女を思った。

 君はそんなに如何ともしがたいほどすべてがつらかったのか。くだらない話をしているときも、お客様から頂いたお菓子を嬉しそうに選んでいるときも、上司の愚痴を言い合いながらケタケタと笑っていたときもすべて。

 私は彼女を恨まないことに決めたから、心の奥底に残っているのは悲しみだけだ。

 私は口内炎ができにくい体質にはなれないし、だからきっと一生彼女のことを忘れられない。

 

2016年2月20日、職場にて

季節はとつぜんにすぎさり

 ああもう冬かあ、いやまだ冬やないやろ、いくらなんでもまだ秋やろ、という薄ら寒い一人ノリツッコミを、もう何年くりかえしただろうか。
 今年もサッポロビールより冬物語が発売された。例年に違わず、まだ10月だというのに。毎年、このビールを見つけるたびに、つまらない漫才師になったような気分にさせられる。

 季節の変わり目はとてもながい。たとえば6月、涼しさと蒸し暑さが交互にやってくるころに、ああ季節の変わり目だなあ、とおもうのだけれど、ああ夏だなあ、と思うのは7月も終わりにさしかかったころである。そしていまは10月、まだ夏の名残を捨てきれず、夏か秋かと迷いあぐねているうちに冬物語の襲来だ。夏か秋か冬か。晩夏であり初秋でありながら晩秋の初冬か。タイムパラドックスってこういうのをいうんじゃないのか。春夏秋冬よりも、その合間のほうがよっぽど長くて、むりやり世間から提示される季節の主張に戸惑わずにはいられない。
 まず、独り者の行動原理にあまり季節というのは関係していないのである。もちろん桜餅もスイカもサンマも寒ブリも食うけども(この四つは個人的好みによるものなので放っておいてほしい)季節感に浸ることなんてそうそうなくて、ただ世間から与えられる情報で季節を四分しているだけなのである。つまり、冬物語を飲みながら、いまを冬ではないと否定する理由なんてほんとうはなにひとつないのだ。ただ、私は自らから季節が失われるのが恐ろしいのだと思う。当たり前のように10月に冬物語を飲み、「ああもう冬かあ」なんて言い出したら人間おしまいなような気がするのだ。具体的になにがおしまいなのかはわからないが、日本人が幼少から植えつけられた風流的ななにか、生存権のひとつである文化的な生活にかかわるなにかがおしまいなのだとおもう。冬物語の発売は我々に人間とはなにかを問いかけているのではなかろうか。なにひとつ冬らしい味わいが感じられない(ただ私が貧乏舌なだけかもしれないが)ところも、この主張を裏付けているとはいえないか。 
 必死になって冬を否定したところで、電気代節約のためエアコンの付いていない部屋で毛布をかぶり冬物語を飲みながら「いいやまだ冬ではないやん」と必死に一人ノリツッコミをしている老いた自らの未来を想像し、違う憂鬱は訪れるのだけれど。
 結局のところ、「ああもう冬かあ」と一言言ったら「いやまだ冬ではないやろ」と突っ込んでくれる友人もしくは恋人ねがわくば伴侶が横にいなければ世界なんてそうそう変わらないもので、それでも季節を主張することで最低限文化的な生活を送れていると自らを慰め続けなければ自我を保てなくて、どちらにしろサッポロビール株式会社が我々の心を蝕むために冬物語の発売を10月にしていることは間違いないと思うので、もし生まれ変わってもう少し神経が太くなったら爆破予告とか、どくいり きけん のんだら しぬで 的なアレとかしたいとおもう。私が輪廻転生を迎えるまでに、サッポロビール冬物語の発売日を再考してくれることを願うのみである。

2014年10月7日 自宅にて