dan-matsu-ma

イアラー!

熱湯サマー

 また今年もいつのまにか夏がおわった。人生で何十回しかないうちの一回があっさり終わった。あっさりとは言ってもなにもしてないわけではもちろんなくて(ひとはなにもしなかったら死ぬから)、仕事はちゃんとしてたし、家ではひとりで飲んでたし(酒を)、資格の勉強もしたし(酒の)、外でもひとりで飲んでた(酒を)。でもやっぱりいつのまにか終わっていた。今年の夏は恋人が東京におらず、たいていひとりですごしていたせいもあって、夏らしいことは何もしていない、あえて言うならば赤い公園のライブに行ったくらい。ライブはものすごくよかった。年下のアーティストのライブで熱狂できるだけの熱量が私の中にあったの(を気づけたの)もよかった。あと3年ぶりくらいにリアルしたくらいか。「Twitterでは友達ができるよ!」と聞いて始めたのだが、7年つぶやきつづけてリアル自体3回くらいしかしていない。どこで間違えたのか。mixi時代からやりなおさないといけない。

 あと、新しい習慣がひとつだけできた。銭湯通いである。週に2~3度、近所の銭湯へ行っている。家でも湯船には浸かれるが、広い風呂の開放感は何物にも代えがたい。ときどき自転車でスーパー銭湯には行っていたのだけれど、そもそも風呂って自転車を走らせてまで行くものなのか、という疑問が芽生え、グーグル先生に聞いて評判のよい近所の銭湯へ行ったところこれがめっぽうよかった。安いし。熱めの風呂とふつうの風呂とぬるめのミルク風呂、そして水風呂という4つの湯船(水風呂も湯船っていうのか?)があり、茹で加減をじぶんで選べる。それまで水風呂には長時間入れなかったのだが、この銭湯の水風呂は冷たすぎず程よく、肩まで浸かるのが苦ではないのがよかった。熱い風呂のち水風呂によるリセットを挟むと、延々と、というより誤用ではなく永遠と入れる気がする。熱い風呂に限界まで浸かったのち水風呂に入ると、体の外側に膜ができたような感覚になり、頭がくらくらしてきもちいい。一回この水風呂に浸かると10分くらいそのままぼんやりとできそうなのだけれど、さすがに体によくなさそうなので、ほどほどで切り上げてまた熱い風呂に浸かる。その往復を10回くらいしている。銭湯にいるじいさんはなんですぐ水風呂に入るのかなあ、とむかしから思っていたのだけれど、いまはよくわかる。熱い風呂に入ると水風呂に入りたくなるし、水風呂を最後に風呂を出ると体が冷えそうなのでもう一度熱い風呂に入らなければ、となるので、いつもトリップ状態で往復を繰り返し、やめどきがわからなくなる。クスリとかギャンブルとかはじめたら絶対に抜けだせないタイプ。

 高校生くらいの自分に、「おまえは30歳近くなっても特に何も為さず銭湯で熱い風呂と水風呂をジジイのようにただ往復しているよ。ブログのネタになるようなことすらも一つもなくて、銭湯通い以外に何の変化もない夏を過ごしたよ」と言ったら、死にたくなるほどの絶望に陥ることはないだろうけど、人生を諦めるほどではないけれど、まあものすごくショックだろうな、と思う。去年の自分に伝えても、さすがに己を知っているのでものすごくショックではないだろうけど、自己嫌悪には陥るだろう。でも、熱い風呂と水風呂を往復する以外には目新しいことのなかった夏だけれど、実際終えてみるとそんなに後悔はない、というか悪くなかった。ただぼんやりと生きているだけなのに(だけだからか)なぜか世界はどんどんと縮んでいって、そんななかで新しい習慣がひとつでもできただけで良かった、と思えるくらいには大人になった(老けた)。来年は20代最後だから充実するといいなあと考えながら、たぶんそんなに変わらないだろうなあと諦めてもいる。でもまたひとつくらい新しい習慣ができたらいい。深みがないのならば、浅くともせめて広くありたい。とっぴんぱらりのぷう。

 

2017年9月1日 自宅にて サントリー -196℃秋梨を飲みながら