dan-matsu-ma

イアラー!

グッドバイ・ディナー

 飲食業を蔑む人間は、少数だが確かに存在する。大多数はそんなことなど考えない、職業に貴賤などないとわかっていても、私は他人の蔑みにひどく敏感になり、過剰に卑屈になってしまった。5年前からまったく成長していない。仕事の話を聞かれるのが嫌だった。拗らせすぎて、「飲食業を蔑む人っているけどどうかと思う」といった意見にすら見下されているような気になり反感を抱くようになった。腐女子を憎むゲイにも似た、一番面倒くさいタイプである。

 それでも私は6年働いた。面接で現職について語るとき、言葉に詰まることはまったくなかった。何を楽しんで仕事をしていたのか、何を得たのか、何に活かせるのか。改めて考えるまでもなかった。私はこの仕事が本当に好きだった。

 新しい仕事を探し始めてようやく、私は今の仕事を誇りたかったのだなあ、と気づいた。そして、誇れなかったのは仕事のせいではなくて、すべて私が悪かったのだな、と。

 

 飲食業は激務といわれるが実際その通りなのだが、一方で楽しみもあり、ルーティンワークの部分も多いので(身体的にはともかく、頭をあまり使わないという意味で)楽でもある。そしてやはりお客様相手の商売には喜びというか快感がある。BtoB(ペッティング・トゥ・ペッティング)よりBtoC(ペッティング・トゥ・本番)。ぬるま湯のなかで私はたらたらとふやけて日々を過ごし、転職したいなあプライベートが欲しいなあとぶつくさ言いながらも勤め続けていた。年間休日は70日もなかったし、終業時間は深夜だったけれど、それなりの給料と賄い、そして喜びと酒と愚痴の捌け口があればなんとかなって、なにより環境の変化に対する恐怖(と元来の怠惰な性格)がぬるま湯を良しとさせた。

 それでも転職活動をはじめたのは10月の頭、かねてより割り箸のようにヒビの入っていた社長と私の間の亀裂が、割り箸のようにパッカーンと割れたためだった(まったくうまくない例えだとわかっていても言わずにはいられない)。他の上司にも「お前の将来を考えるとさっさと辞めた方がいいと思う」というアドバイス(もしくは遠まわしな退職勧告)をいただいた。ぬるま湯が突如沸騰した。さすがにもう長くは続けられまい。キャリアビジョンだとか充実した私生活だとか輝かしい未来だとかなにひとつポジティブな理由がないまま、私は職を探さざるを得なくなった。

 とにもかくにもいざ転職、と思い立ってまず、「条件は今よりもいい会社。以上。」と(坂口健太郎と本田翼のアホ面を思い浮かべつつ)大手エージェント数社に登録し、それぞれに「飲食業から異業種の転職ってどんなもんなんでしょう」と問い詰めた。どんな職種が希望ですか、と言われ、前述の通りなんの希望もなかった私は戸惑い、“どうせ転職するのならば、キャリアビジョンだの輝かしい未来だのはまあどうでもいいとして、せめて充実した私生活は送りたい。具体的に言うと休みが欲しい。せめて週に二日は欲しい。一日中寝て過ごしても、さらにもう一日休みがある生活がしたい、二日中寝そうな予感もするけれどとにかく寝たい”といった旨を何重ものオブラートに包んで告げた。オブラートは溶けきることなく、半分くらいそのまま口から出ていた。エージェントも向上心のない人間に慣れているようで、未経験歓迎の求人票を何十枚も持ってきた。年間休日はどこを見ても(当たり前だが)107日以上あり、給料もそれほど下がらない。あまりに膨大な数の求人を見て戸惑っている私に、エージェントは非情にも「とりあえず30社応募してください、落ちたらそのぶんまた応募してください」と告げた。もはや夢もクソもなかった。未経験歓迎で一定の条件を満たす求人を見ては応募ボタンを押し、週末には10社ほどまとめて書類落ち通知を受け取る生活。年齢が駄目なのか、経歴が駄目なのか、顔が駄目なのか。そのすべてか。心は順調に荒んでいき、さすがに「これは正しい転職活動ではないのでは」という疑問が生まれた。

 おそらくエージェントによる転職にも向いていなかったのだろう、数打って外した挙句自分に銃弾が返ってくるような日々に限界を感じ、「私は一体何がしたいのか」という甘ったれた新卒の大学生が考えるような問題に齢28にして直面し、そしてようやく選定を覚えた。求人票を見つつ、キャリアビジョンというよりは妄想に近い(自分に都合のいい)未来を思い描きつつ数社応募し、先日ようやく内定が出た。約一カ月の転職活動も満身創痍で終わりを告げた。駄目もとで受けた会社だった。勤務時間は長く、休日もあってないようなものと言われるような仕事だが、憧れの業界であった。結局、充実した私生活とやらはやや遠のいた。

 三十路前の未経験、うまくいくかどうかは分からない、正直あまり自信もない。またすぐ飲食業界に戻るかもしれないし、まったく違う職を探すかもしれない。でもとりあえず、何がどうなろうとも、己を誇れるようにはしたい。気が付けば、卑屈が許される年齢はとうに通り過ぎていた。仕事に限らず、なるべく卑屈にならず生きていかねばならぬ。2018年は忙しい年になりそうだ。

 

 なんだこれ。転職サイトの体験談か。

 

2017年11月20日 自宅にて